初心を忘れるな。被害者の代理人。

ちょうど、刑事3年目の時の話です。


管内において、パラコート親子毒殺事件、銀行強盗、連続スーパー放火事件、山口組四代目襲名披露等々で、毎日が多忙な連続でした。


しかし、被害者にとって、刑事が忙しいとか関係ないこと。

困っているから警察を頼り、来署しているのです。


その日、私は刑事部屋で捜査報告書を作成中。


1人の女性がやって来て、

「すみません、車の中からカバンが盗まれました。」と、窃盗(車上狙い)被害の届け出に来たのです。


私はすぐに対応し、被害の状況を聞きながら被害届という書類を作成しました。

被害の時間、被害の場所を聞き取り、次に被害の状況を聞きました。


秋山「ドアの施錠はどうでしたか?」

被害女性「子供を保育園に預けるために、〇〇保育園へ行って、駐車場に車を停め、短時間のことであったので、ドアの施錠はしていませんでした。」

秋山「えっ、無施錠だったんですか。それはちょっと…無防備だったかな。」


と、何気に言ったその時、被害女性が急に泣き出し、


被害女性

「やっぱり、刑事さんもそんなことを言うんですね!

 夫に相談しても『ドアロックしてないお前が悪い。』と責められるし

 警察だったら親身に聞いてくれると思ったのに・・・。もういいです!」


と言って、中途半端の被害届のまま、警察署を飛び出してしまいました。


急な事態に、私は茫然。


すると、その様子を見ていた刑事課長が怒鳴りました。


課長「アッキャン!刑事は被害者の代理人ぞ!」


私はその言葉に我に返りました。


自分自身が10歳のときに泥棒の被害にあって、

悪い奴を捕まえるために刑事になったんだろう。

それなのに被害にあった女性を泣かせてしまった…。


確かに、日々の多忙な捜査から対応が形式的に流れていました。

被害者の辛さを忘れていた訳ではないのですが、親身にはなれてなかった気がします。


刑事3年目で、ある程度仕事をこなせるようになり、

天狗になっていたんだと思います。

最低です。


なぜ、自分なんかが刑事になってしまったのか…。

強い自責の念にかられました。


「俺、何やってんねん、ほんまに最低やわ。

 こうなったら絶対、車上狙いの犯人を逮捕してみせる!」


実はこの事件、徳島県内において、

保育園や幼稚園に子供を送迎する車両を狙った、連続車上狙いの一つでした。

その時点で、数十件も発生していたのです。


その手口は、朝、お母さんが保育園へ車で子供を送り、夕方に迎えに行く車を狙う。


お母さんは保育園の駐車場に車を停め、

子供を園内へ連れて行き、すぐに車へ引き返すので、

大体がドアを無施錠にし、助手席に財布在中のカバンを置いたままにする。

その無防備な短時間を狙った計画的な窃盗。


私はその日夕方すぐに、管内の保育園へ行って秘匿張り込みを開始しました。

泥棒は、言い訳が出来ないよう現行犯逮捕を狙うのが鉄則。


しばらく張り込むと…


秋山「あれ?おじさんが一人来たぞ。お孫さんの迎えか?

けど、車を駐車場の隅に停めて、いつまで経っても降りんな~。」


明らかに不審な男でした。


そのうち他の車がやって来て、母親が子供さんを園内へ連れて車を降りました。

その時でした。


先ほどの不審な男が車を降りたのです。

そして、母子が乗っていた車に近づき、車内を覗き出した。


秋山「間違いない。こいつが犯人じゃ、盗ったら現行犯逮捕じゃ!」


ところが、車内にカバンがなかったのか、素通りして、自分の車に戻りました。


秋山「くそっ!」


しかし男はその後、そんな行動を何度も繰り返し、

その日は窃盗できず帰って行きました。


当然、ナンバープレートをメモ。


翌朝、他の保育園へ行って秘匿張り込みをしてみました。


すると張り込み中、やはりあの男がやって来たのです。


「今度こそ絶対逮捕じゃ!」と注視。


しかし結局、この日も車内にはカバン等がなく、車を覗き込むだけで終わりました。


犯人である事は明白。

刑事課へ帰り、刑事課長と係長に状況を報告しました。


課長「よっしゃ!捜査体制を整えて、現行犯逮捕してこい!」


その日から、オートバイ3台、車両1台の刑事4名の捜査体制を構築し、

男の尾行・張り込み捜査が始まりました。


私は、オートバイにまたがり、男の自宅付近で秘匿張り込み。

男が家を出ると、尾行を続けました。


男の行動は、毎朝6時ころにいつもの車に乗って出発。

その時、奥さんと思われる女性が玄関内で見送っていました。


午前中は、徳島県内の保育園や幼稚園をいくつも回り下調べ。


そして、昼からは適当な駐車場に車を停め、車内で弁当を食べたり、昼寝したり。


午後3時ころに目を覚ますと、再び車を走らせ保育園や幼稚園へ向かうという毎日でした。



尾行・張り込みから5日目の時の事。


ある保育園の駐車場に車を停めた男は、車から降り、なぜか保育園から離れて行く。

ふらふらと散歩でもしているかのように歩き続けました。


私は見逃さぬよう、オートバイから降りて歩いて尾行。


秋山「何かいつものパターンと違うな~」


などと考えていたその時、男は急に後ろを振り向きました。


秋山「ヤバい!見つかる!尾行がバレたら水の泡じゃ。」


と、咄嗟にそこにあった畑へ飛び込みました!


秋山「…バレてないよな…」


ドキドキしながら、しばらく畑で寝そべっていると、


秋山「ん?なんか変な臭いがするぞ。」


体を見ると、上着の腹部にべっとりとした黒いもの。

「犬の糞」でした…。



しかし、尾行を中止する訳にはいかない。


上着を脱ぎ尾行を続けました。


後ろを振り返るのは、泥棒の特異な癖であり、刑事に尾行されていないか確認する行為なのです。

そこからも、男は車上狙いの常習犯に間違いない。


すると男は再び車に乗り、今度は隣町へと移動。向かった先は、やはり保育園。


男はいつものように車を駐車場に停め待機。


しばらくすると、女性が運転する車が駐車場に車を停め、園内に入って行きました。


男が動いた!


車に近づき、助手席側に立ったのです。


そして、男が次の瞬間手にしていたのは…カバンでした。


秋山「現逮じゃ!」


私は逮捕すべく男に走り寄りました。


すると、私に気付いた男はすぐに自分の車に乗り込み急発進!


秋山「逃げられてたまるか!逮捕じゃ!」


男の車の前方に回り込み、両手を広げ「止まれ!!」と一喝しました。


「危ない!」


他の刑事の声が聞こえてきましたが、「絶対逮捕する!」これしか頭にありませんでした。


「キーっ!」というタイヤの音が響き渡った後、

気付くと、男の車はわずか数センチの所で急停止していました。


被害者の代理人として仇を討った瞬間。

冷たい手錠を思い切り男の手首にかける事が出来ました。


秋山「お前、何回やったんな!合計でなんぼ盗ったんな!」

男「100回くらいやってます…100万円くらいは盗みました。」


一気に自白させる事にも成功しました。


刑事課長「アッキャン、ようやった!すぐにこないだの女性に電話しろ!

ニュースが流れる前に連絡しろ!」


私はすぐさま、先日泣かせてしまった被害女性に電話しました。


秋山「奥様、秋山です。先日は本当にすみませんでした。先ほど、犯人を逮捕しました。」


そう連絡すると、しばらくして女性が刑事課へやってきたのです。


被害女性「秋山さん、本当にありがとうございました。とてもうれしいです。」


彼女に笑顔が戻りました。

本当に良かった。



逮捕後に分かったことですが、

車上狙いの男は、奥さんに「会社に行ってくる」と嘘をついて家を出発し、犯行に及んでいました。


どんな事情があるにせよ犯罪は犯罪。

そこには被害者がいる。

自分の保身で誰かを巻き込むなど言語道断。


『警察官は被害者の代理人』。

悪い奴は絶対に捕まえます。