警察学校1年、交番1年、機動隊2年を経て、憧れの刑事になりました。
その、刑事初日に私が抱いた気持ち。
「ドラマや映画と全然ちゃうやん。」でした…。
一発目の事件は…、水死体。
昭和59年4月1日。
署長から「捜査係を命ずる」という辞令書をいただきました。
辞令書はB5サイズ。
私は嬉しさのあまり辞令書を何度も読み返しながら、
「よし!今日から憧れの私服刑事や。これからがスタートや!」と、
心の底からやる気が満ち溢れてきました。
辞令書を手に持ち、階段を2段飛びしながら2階にある刑事課へ。
刑事課長に辞令書を誇らしげに見せながら、
「今日から捜査係を命じられました秋山です!よろしくお願いします!」と大声で挨拶。
ちょうどその時でした。
「水死体が海に浮いている!現場へ急行せよ!」との無線が部屋に響き渡ったのです。
先輩刑事たちは蜘蛛の子を散らすように、一斉に刑事部屋を飛び出していく。
私は「やる気は溢れても、やり方がわからない。」状態であり、
「えっ?えっ?俺は何をしたらいいん?」とあたふたするだけ。
それを見た刑事課長に「おい新米!早よ先輩に着いて行け!」と一喝され、
「は、はい…!」慌てて部屋を出ました。
サイレンを鳴らし、赤色灯を点けた覆面パトカーに遅れて飛び乗った私は
助手席に乗り現場へ急行。
心の中で「ほんまは新米の俺が運転せなアカンのだろうな…。」と思いましたが、
現場もどこか分かってない。
「運転、俺がします!」とも切り出せぬまま、先輩についていくが精一杯でした。
水死体は男性で、臥せの姿勢で背中と腰部が海上に浮いている状態。
その死体を見た瞬間、先輩刑事たちは「やばいぞ。事件かもしれん。」と
慌ただしくなりました。
私の口からは「はい!」と出たものの、頭の中は「事件?どういう事なん?」と
疑問だらけで全く状況が飲み込めない。
死体を見るのもこれが初めて。
次の動作が見つからず立ち尽くす私に、「おい新米!早く現場保存せえ!」と
先輩刑事が怒鳴りました。
あわあわと立入禁止と書かれた黄色の現場保存テープを周辺に張りながら、
私は恐る恐る「…これって、事件なんですか?」と聞いてみました。
すると先輩はため息を少しついて、
「秋山。仏さんの腰のあたりを見てみろ。」と言うのです。
その通りご遺体に目をやりましたが、
遺体全体に藻が付着していましたのでよく分からない。
しかし目を凝らすと、何かが巻き付いてるのが見えました。
秋山「あれって…ベルト?いやロープ…?」
先輩「よーく見んか。腰に巻かれてるのはロープ。その下には多分『重し』がついている。
要するに浮いてこないように重しを巻いているんや。」
私は、説明されてやっと「浮いてこないように重しを巻くということは、殺人事件の可能性があるんか。」と分かりました。
気が付くと周りには次々と、本部から捜査第一課の刑事達や鑑識マンが集結し、
現場は騒然。
そして、機動隊員が舟艇でご遺体を岸壁まで運んで来ました。
ご遺体を岸壁の上へ上げてから、今度は警察署の霊安室まで搬送し、
『検視』をしなければなりません。
犯罪の可能性があるかどうか、死体を調べるのです。
先輩刑事は
「仏さんの身元が判らないと長引くぞ!秋山、検視や!俺と一緒に死体を運べ!」
と言うと、ご遺体を乗せたストレッチャーの足側を持ちました。
指示どおり、私はストレッチャーの頭側を持ち、
「せいの~」の掛け声でストレッチャーを持ち上げようとすると、
予想だにしなかった事が起きました。
足側を持った先輩刑事は、元・柔道重量級の選手で、柔道6段の力持ち。
持ち上げた瞬間、ストレッチャーが私の方へ傾き、
ご遺体が私の方へ滑り落ちそうになったのです。
「落ちたらやばい!」と思って、私はとっさに滑り始めたご遺体を右肩で止めました。
すると、ストレッチャーは私の方が下向きになっていましたので、
気持ち悪い話ですが、死体の腐敗汁が私の身体に降りかかってきたのです。
刑事初日という事で着てきた新品のスーツ。
「汁がかかったらシャレにならん!」と、「あー!」と口を開けて叫ぶと、
その腐敗汁が口の中へ入ってしまう始末。
どうにか、ご遺体が滑り落ちるのは阻止しましたが、全身は腐敗汁でドロドロ。
そして何だか、口の中に違和感を感じたので、
「ペッ」と吐き出しました。
仏さんの、指でした。
「嘘やろ…。夢と現実が違いすぎる。」
すごくショックを受けました。
警察署へ搬送し検視。その後は解剖が行われました。
解剖室では、脳や胃の中の物まで細かく計量していきます。
その見るに堪えがたい光景に、私は吐き気が止まりませんでした。
「刑事ってこんな事までするんか?ドラマや映画と全然ちゃうやん…。」
憧れた華のある刑事のイメージは、初日で無残に崩れ去りました。
結果、遺体は溺死と判明。
さらに捜査の結果、上着ポケット内に運転免許証在中の財布があり、
身元も判明して自宅を調べると、そこには遺書があり自殺と判明しました。
初日の仕事を終えると、
刑事課長から「秋山、お疲れさん。刑事初仕事やから晩ごはん行こうか。」と
お誘いがありました。
現実に叩きのめされた私を見て、
労ってくれようとしたのかも知れません。
店に着くまでの間、初日のあれこれを思い返しながら、
「現実は違ったけど、ようやく刑事になれたんや。前向きに行こう。」と
気持ちを奮い立たせ頭を切り替えました。
しかし、着いた店は…焼肉店。
「解剖見た後にそれはないだろう…!」
すぐにトイレに駆け込む羽目になりました。
夢と現実は大違い、しかし、夢は目標を貫けばかなうもの。
