刑事愛

窃盗(車上狙い)事件の指名手配被疑者を追っていた時、ある「刑事愛」を見た話です。


私が警察署の刑事課長の時代は、課員達に「親父」と呼んでもらっていました。

可愛い部下は、私から見て息子と同然。

また、捜査第一課時代は、メール等で課員達に連絡するときには、「捜査第一課」ではなく、「捜査第一家」と記載していました。

事件捜査は、組織捜査であり、チームワークが必要。

刑事部屋では長い時間苦楽を共にし、家族同然の環境です。

何でも言えて、お互いが助け合える雰囲気でなければならない。

一分一秒めまぐるしく変わる事件捜査。阿吽の呼吸が不可欠です。


ある日、管内において、窃盗(車上狙い)事件が発生しました。

この捜査にあたった刑事部屋の刑事達は、私が詳しく指示をしなくても、

「あ」と言えば、「い・う・え・お」が分かっており、自分達で色々考えながら捜査を進める事が出来ました。迅速、的確な捜査を進め被疑者を特定。

すぐに逮捕状を取り、指名手配しました。

私は、安心して部下達の捜査を見守る事が出来ました。


ただ、私の心の中では、その頃、まだ放火殺人の指名手配、”小池”は逃亡中でしたので、小池を逃がしてしまったあの二の舞は絶対にしてはならないと強く感じていました。


強くはっぱをかけつつ、窃盗(車上狙い)の被疑者は、指名手配後、N巡査長とまだ刑事1年生のA新人巡査のコンビに任せる事にしました。

N巡査長もまだ刑事3年目でしたが、そろそろ人に教える事も身につけなければならないなと思ったからです。


2人は悪戦苦闘しながらも必至で捜査を重ね、数ヶ月経ち、ようやく被疑者があるビジネスホテルに宿泊している事実を突き止めました。

被疑者は元ヤクザであり、他人名義の車を使用し、そのホテルに雲隠れしていたんです。


N巡査長はA新人刑事を連れて、そのホテルの張り込みを開始。

毎日毎日、私から強く言われた“被疑者が出てくる一瞬を逃さない”よう目を凝らし続けました。


すると、数日たったある日、駐車場に停まった車に被疑者が乗り込むのを発見しました。


N刑事とA刑事は、逃がすまいと直ちにその車に走り寄り停止させました。

N刑事が運転席のドアを開け「お前が◯◯やな?窃盗の罪で逮捕状が出とるぞ」と逮捕状を突き付けると、被疑者は逃走を図ろうと暴れ出したのです。

N刑事は必死に取り押さえて、手首をひねり上げました。

普通、ここでN刑事が手錠を手首にはめれば終わり。

被疑者確保の観点から見ても、すぐに手錠をはめるべきです。


しかし、N刑事のとった行動は意外なものでした。


なんと自分の手錠を、「お前が逮捕せぇ」と新人A刑事に手渡したのです。


A刑事はまだ逮捕経験がありませんでした。

警察官たるもの、被疑者逮捕の経験がのちの警察人生におおいに役に立つ。

自信に繋がり、また被疑者は、自信をもった警察官に弱いものです。

しかし、被疑者に手錠をはめる経験なんて、そうそう出来るものじゃない。


N刑事は自分の経験を積む事より、

一度も経験のない新人A刑事に経験させる事を選んだんですね。


被疑者が暴れ取り押さえようとする中、毎日の捜査で家族同然となった新人に、

そんな華を持たせようとしたN刑事の刑事愛。

これには私もしびれました。


そしてA刑事は、生まれて初めて手錠をかけ逮捕の経験をしました。

するとA刑事はこの逮捕劇が良い経験となり、その後どんどん悪い奴を逮捕しました。

N刑事にもらった“自信”が彼を成長させたのです。


N・A両刑事は、本当にいい仕事をしました。被害者の仇をとった瞬間。

私はその両刑事が、弟や息子のように可愛くて仕方がありませんでした。

被害者のために事件を解決してくれてありがとう。


「量より質。単なる経験年数ではなく、経験しようとする努力。」